昭和41年01月01日 元日祭



 『生神金光大神天地金乃神一心に願え おかげは和賀心にあり』『生神金光大神大神天地金乃神一心に願え おかげは和賀心にあり』『信心は 家庭に不和のなきがもとなり』『信心は 家庭に不和のなきがもと』、と、教えてくださいます。どうでも、おかげを頂きまして、おかげの頂けれる元は、なんと言うても、和賀心であり、ね、おかげを頂くためには、どうでも一家が睦びあい、和を持っておかげを頂いていく信心にはまず、家庭の平和、不和のなきが元と教えて下さるのでございますから、そこのところを焦点として、今年も信心を進めていかなければならんと思うのでございます。
 三代大金光様の御時代から、御道の信心の進め方として、スローガンのように、『全教一新全教一家』ということが叫ばれております。現在もなお、それをことあるごとに聞く言葉でございます。全教一新して、全教一家のおかげを頂きたいと、これが三代金光様の願いであったとゆうてもよろしいと私は思うのでございます。ところが、全教が一家のようなおかげを現在受けておるだろうか。
 とても今のような状態では、全教一家というようなことはおぼつかないような状態が、私どもの知りえておる中にだけでも、たくさんございます、ね。そこで、『全教一新 全教一家』と続けて言わずに、私はどうでもここにです、全教一新してというふうに、おかげを蒙らなければならない。全教が一新していかなければ、教祖様、三代金光様の仰っておられる全教一家というようなおかげは頂かれない。
 全教一新さえすれば自ずとして、一家のような、おかげが頂かれるであろうように、私共、一人ひとりの上にも、家庭の上にも、ね、私どもの信心が、一新していかなければ、おかげは受けられんので御座います、ね。今日はその、昭和41年の、元旦にあたりまして、どういうようなあり方で、一新していくか。椛目はどこを焦点にして、一新を焦点とするかというようなことを、今朝から私感じますことを、まあ、聞いていただきたいと思うので御座います。
 正月は、冥土の塚の一里塚と。冥土へ行くところの一里塚だと。目出度くもあれば目出度くもないと言ったようなことを、昔のある人は言ったそうでございます。確かに、目出度いようであって目出度くないんですね。あの世に一歩一歩近づいておるのでございますから。そこで私は思うのです、ね。正月は、私は冥土の塚の一里塚であることは間違いないのですけれども、ね、目出度くもあると同時に、有難いということ。目出度いという事と同時に、嬉しいということ。
 私どもがお国替えをさせていただいたその先にです、持っていかれるものは御神徳。信心をすれば神徳は誰でも受けられると教えてくださるその神徳をです、身に受けさせていただくという事を楽しみに、お互い信心をさせていただくのでございますから、冥土の塚の一里塚でありましてもそれは、目出度いという事と同時に、嬉しいということになり、有難いということになり、楽しいという事になるのでございます。
 誰でも、お正月ともなりますと、やはり今年こそは、これはみんなの思うことでございましょう。今年はひとつがんばるぞ。がんばるぞという事はどういうことかというと、ほんとに幸せになるぞということだと、幸せになりたいということだと私は思う、ね。勉強にがんばる。お商売にがんばる。お百姓さんは、いうなら畑のこのなかのお仕事に励まれる。今年こそは一生懸命がんばらせてもらおうと。結局それは、幸せになりたいからでございます、ね。
 そこでです、私どもがその一生懸命に働きさえすれば、頑張ってやってさえいけば、健康で、そしてお金さえ儲かっていけば幸せになれれるかというと、ただ自分の事業が順調にいったからだけで幸せになれるもではないということ。信心とは、そこのところをです、本当の事を教えられる、ね。本当の幸せとはということを教えてくださる。その道を教えてくださる、ね。
 今朝から、見事な、親先生に着ていただきたいとゆうて、ある方がお布団のお供えをしてくださった。上下どんすのお布団でございます。ほんとにたくさん綿ははいっとるけども、かるうい布団です。それにもうシーツはこのカバーがかけてござる。今朝からお供えをさせていただきましてこうお供え、お祭り前に、二階にそれを下げて持って参りましたから、ちょうど私もお祭りの準備をさせていただいておりましたから、この下の羽二重の白衣を着ておりました。羽二重の着物を着て白帯をしめて。
 昔の殿様っていう人は、昔の殿様は、休まれる時、羽二重の着物を着られたそうですね。それでその、白帯を、それが帯巻きであったと、聞いております。殿様の気持ちになってから、今日はその布団をひろげましてから、その中へ休ませて頂いて、休ませてちょっと横にならせて頂いた。気分がいいですね。私は、それを神様が着せて頂いて、頂いたらとたんにです、有り難うてどうにもならん様になってしまいました。どんなに考えても有難いのです。どんなに考えても勿体無いのです。
 この私がこれをこれから着らんなら、着らんなら、着せて頂けるとこう。どんなに考えても有難い。有難いではない。私の様なものが、どうしてこういう様なものを身にまとうたり、そしてそれを身に付けて着せて頂く事が出来るかと思うただけでも有難い。世の中の殿様のような方がありまして、それこそ、もっと落ち込むような布団に休まれて、立派な布団に巻かれて、休んでおられる方は沢山ございましょうけれども。
 さあ明日の事が不安でたまらん、心配でたまらんという人が、どのくらい世のなかに多いか分かりません。してみると、殿様のようにです、どんすの布団に落ち込む様な布団に休ませて頂いて、羽二重の寝巻きを着せて頂くという事が幸せでないという事が分かります、ね。これは、例えば言葉を代えるならばです、本当に殿様が召し上がるような、いうなら百味のおんじきを食さして頂くという様なおかげを頂きましても、食べながらおいしいとは思いながらも、半分には心配がある、不安がある。
 食べようと思うたら、ね、調理方が沢山立派なものを作って来たけれどもです、前に持ってきた途端に、もう食べたいという気持ちがなくなった。もうこりゃ下げろというような事では、幸せでない事が分かります、ね。ですから、幸せとは、金が沢山あったり、立派な着物を着たり、美味しい食べ物を食べさせて頂くという事が、幸せでないという事だけは、はっきりまず分らにゃいけませんですね、皆さん。
 その百味のおんじきを頂かせて頂きながら、血肉になりながら、休ませて頂いて布団をひっかぶって、有難涙がこぼれるようなものが、私は幸せじゃなかろうかと思うのですが、どうでしょうか皆さんね。今朝私、朝の御祈念、御神前にでらせていただきましてから、昨夜が、まあ、前夜、まあ、仮の除夜祭とこう申しております。31日の夜に、これも年中行事の一つでございますから、やはり総代さん方にも玉串、やっぱ、上げて頂きます。
 ところが、もう私の方のお祭りで一番お参りの少ないのが、この除夜祭なんです。ですから昨日は、私は祭員も今日は6名で御座いましたでしょう。昨日は祭員は8名、で、お祭りの方だけなっとん、奉仕者を賑やかにさして頂こうと思ってから、8名でお祭り奉仕させて頂いた、ね。それで昨夜のその除夜祭で私申し上げましたことでございますけれども、ね、ここにはまだ、夏の祈願祭というのがございませんけれども。
 それを親教会に、いつも、これは桂先生が生前から、祈願祭をなさって、祈願をなさっておったお祭りであるから、ここでいたしておりませんけれども、善導寺の教会でそのつもりでさせていただいた。ここが教会ともなれば、その夏の御大祭、いわゆる祈願祭が奉仕されることでございましょう。だからそのお祭り、お祭りそのものにもです、やはりその御神意というものがある、ね。
 春の御大祭は、天地の親神様の御大祭なら、10月10日が、教祖の神様の御大祭。ここはそれを16日に奉仕いたしますですね。ほんでこの、12月の31日の、除夜祭というお祭りはです、私はもう、一年中のお詫びをさせて頂くお祭りだ。いわゆる、願いのお祭りに対するところの、お詫びのお祭りにならなければならない。そういう、内容を持ったところのお祭りに、これからだんだんしていかなければならないというて、まあお話を致しましたことです。
 一年中のことを振り返って言いますとです、ほんとに神様今年こそは、ああもこうもとゆうなら美しいことを、また実際うそではなかっ、そう思うておった。ところがそれがでけてはいない。どころか反対にお粗末御無礼なことになって、神様に嘘を言う様な事にもなっておる。昨日高橋さんがお礼に出てきたらそれ話すんです。これから除夜祭にはね、もう親先生でん言われんちゅごたるお粗末御無礼ばしとろうが誰でんね。
 それでいっちょあのう、テレビかなんかごたるふうな密封した物にして、そしてあのお祭りにお供えさして頂いて、そしてその除夜祭が終わったらそれを誰もみらん、神様だけが御覧になって、それをみさやら一緒に焼く行事をさして頂いたらどうだろうか、そういうふうなアイデアはどうだろうかと言うてから相談したことで御座いました。ほんとにお取次ぎを頂いてです。
 親先生、こんなお粗末御無礼も、と言うて、たいてい申し上げておるようであるけれども、お取次ぎを願っておるようであるけれども、自分の心の中でじっとお詫びをしておると言った様な事も沢山あろうかと私は思うのです。そういう事はずうっと控えておいてですね。そして神様にそれを見て頂いて、でそれを燃やし、灰になれば誰も知らんですからね。ですから私はこの元旦の、昨日がそして、まあ言うならば、一生懸命にお詫びのお祭りをさして頂きましたから。
 今日の元旦のお祭りはです、もう御神前に行ったが最後、もう今年中のことのお願いの、お祭りと言う訳ではないけれども、そのお願いの、まあ御祈念をさせて頂こうと。今年はあれも願わんならん、これも願わんならん。大きな問題を椛目は今年は控えておる。私の学院行きがある。もっと大きなあの御造営が成就というようなことも、願いがある。為にも、一人ひとりがおかげを蒙らなければならない。
 そういうお願いをさせて頂く様な思いでおったんですけれども、御神前にでらせて頂きました途端にです、私の心の中からです、言葉になってあらわれるのは神様あいすいませんだけだったんです。今朝も。もう何回やっても申し訳ない。神様あいすいません。そげなあいすません、という、あいすいませんこの私にも拘りまぜずに、かくまでもおかげを頂いてということになって参りました。
 そんなお粗末御無礼な私にでも、神様はこうやって、おかげを下さっておるということがです、有難い。始めてお礼の言葉になり、始めて、また今年度の願いになるという、願いは結局やはり、一番最後のほうになったので御座います。今朝から御神前にでらせて頂きまして、今年の私の信心を、どこに焦点を置かせて頂いたならよかろうか。そう私は思わせて頂きました。
 そう致しましたら、心眼に頂きますのが、皆さん御承知でしょう、京都に参りますと、大原女というのがありますね。頭の上にこう籠のような物をして、それで物を売ったり、薪なんかも頭の上で運ばれるんですね。朝鮮人のごたるふうですね、頭の上に載せられて。ああいうふうな大原女のような、いわば大原女ではないですけれども、姿なんです。まず私は思わせて頂いた。ははあ、頭で事を運ぶという事がいけんということを私は思いました、ね。頭で、頭で事を処したり、運んだりしてはならないと。
 もう今年こそはひとつ、心一つにおかげを頂いていかなければならない。頭で考えてはならない、心で頂いていかなければならない。そうしてこう言う様な内容をもったおかげを頂きたいとこう思ったので御座います。それは、昨日、一昨日で御座いましたでしょうか。福岡の秋永先生が、ここ10日間、なら年末の、誰でもその、初めと終いだけはえらいむごうやるですもんね、大概のもんが。だから秋永先生もそれにもれず、やっぱ最後の10日間だけはぴしっとやんなさったわけです。
 今日も朝から、もう朝4時頃から目が覚める、ね。ほで、一番電車で見えて、朝の御祈念がちょっとすんだという頃にはみえられます。もうとにかく、はづみていうものが有難い。もうとにかく、椛目に向こうて来るとが有難うして有難うしてこたえん。こっちに着いてから、足をすくわれるようにしてその、なんかガード下かどっかで同じような、こけかたをした。だだぁっと、あんま痛うはなさりますまいけれども、それこそやっぱ痛がらにゃ。もうそれがもう有難うしてこたえん。
 金光様有難うございますと言うてそのままいきよる。「ああ痛い」と言うて、よう、いわっしゃらじゃった訳ですね。痛いようにしてても、「ああ痛い」と言うたら、もう、そのもう、大体ちょっと間違えたとですもんね。「あ、いたあっ」ちゅうなことがあったらですね、「すいません」とくるかです、「有難う御座います」が出てこなければ、ほんこっちゃあないですね。私どもの場合はもう、とにかく痛い思いをするよりも一番口に出るのは、あいすません。
 毎朝電車で、お見えられます。あの頃の電車はすいておる。それでその、どれに乗ってもまばらにしか乗ってない。あっちの方から、こっちの方からずうっと渡っていかれながら、その箱に入る、入り口で、皆さんおはようございます、皆さんおはようございますと言わにゃおられん。あれがもう、山んごと悩みを抱えておる時でも、もうそれこそ難儀の中ででも、心がありがぁとなっとる時にはですね、もうそういうほんとに、事が、もう自ずとでてくるわけなんですね。いやその、もう、それこそ電車おりれんような、そんな事を、お話になっておられました。
 その近所から、そのある、たいへん満員な電車、バスの中でです、まあいうならばこんにゃくのような人が乗らしゃった。わたくしは、ははあ、あの人ばいなと思うたんです。そっから、その方がおられるんです。もう体も、こうやってもう、頭もこげんゆらゆらしなさる、ほんとにこんにゃくのごたる。へへん(微笑)。ある信心をしておられる、その、その方のお弟子さんです。確かその方だと私は思うんです。
 ところが秋永先生その乗っておられた、その方が乗ってみえたところが、もうそれこそ、コックンコックンとその乗って来なさったもんだから、本当にこの姿をお母さんが見られたら、おやごさんみられたら、どんなにかあろうかと思うたらです、もうほんとにもう、なにも、なにもかにも考える暇もなかった。久留米までじっと、もう下に抱き付いてから、金光様金光様と唱えた、というわけなんです。
 私そのお届けをさせて頂よりましたらです、御心眼にお相撲さんが土俵の上で、こう塩をこうはってですね、私のほうを正面を向いて、こうおるところ頂くんです。そしてから、その様な所をクローズアップして頂くんですね。おへその所を。ところがそれをひとっつも不潔とも感じません。忌みまわりも御座いません。私は秋永先生のそう言う様な姿。本当に誰にでも彼にでもお早う御座います言わなおられないような心。
 あのおじさんちっと馬鹿じゃなかじゃろうかというものはないて。そういうような内容でそういうふうに現れてくる時には。その可笑しゅうして、そげなゆらゆらするとばつかまえて金光様金光様てん、とても可笑しゅうしてされんて、普通の時は。もう有難うしてこたえん時にはそれが出来る。私ども修行中はそうだったんです。もう汽車の中でもなんでも立ち上がってからお話をしよる。もう有難うしてこたえん。
 でやっぱ、皆も聞いて下さる。秋永先生さああなたここで話しなさいっちいってから、秋永先生でも立たせてから、汽車ん中でお話させた事も御座います。もうこちらが有難うしてこたえん時にはです、もうそうそれがです、けして見苦しいものでもなからなければね、馬鹿じゃなかじゃろうかというふうに思われないようなものがです、かもされて来るわけです、その雰囲気から。いわゆる尊いものだけしかないのです。
 そういう思いで毎日椛目、いわゆる通いが、もう本当に有難うしてたまらん。ところがなんです、昨日九日目です。お参りして帰られた。ところが、もう本当に不愉快なことが起こってきた。もう一日が不愉快だった。休んどってもそのことを思い出したら不愉快になる。休もうと思うても休まれん。四時ぐらいにもう目が覚める。ああ四時ごろまでも、こう、うつらうつらしておられる。
 そしたらちょっと休まれた時にです、お夢を頂かれ、お言葉を頂いておられます。「馬鹿と阿呆になることぞ」と。馬鹿と阿呆になることだと。私どもはもうそれこそ、どれだけ頂いて参りましたか、ここの信心の綱領にもなっておるくらいで御座いますから、まあ馬鹿と阿呆になってさえおきゃあいい、馬鹿と阿呆で道を開かせてさえ頂きゃいいということですけれどもです、ほんとに馬鹿と阿呆になったらそう言う様な一切なものがなくなるのです。そしてです。
 そのことが嬉しゅうなる。それが馬鹿と阿呆だということを頂いておられます。そのことが、そのことが嬉しゅうなる。人から馬鹿と言われても、そう言われることが嬉しい。はがいいことを言われても、そのことが嬉しいね。損するようなことがあっても、そのことが嬉しい。そこがそれが馬鹿と阿呆になることだという事を頂いておられますね。これはもう私はもう、椛目の現在の信心では最高の信心だと思うですね。
 一切が神愛、ね。病気をしても怪我をしても、どのような事が起こってきても、それは神愛のあらわれだということでございますから、人に馬鹿にされるような事であってもです、ね。馬鹿といわれやあちっとはむかっとするような顔もしようけれども、心の底では、ははあ、これを信心で頂いたら、神様がどういうおかげをくださるだろう、どういう徳になるだろうという、にこっとするようなもがあるのです。
 みなさんもそれは体験で分かりますでしょう。このくらいの所までは、このくらいな事までは馬鹿になれる。このくらいなことまでは阿呆になれる。言いよる人がかえって気の毒なぐららいにある。どのような問題でもです、どのような事柄でもです、その事が嬉しゅうなるという事、ね。私は今年の焦点はそこだ、ね。いわゆる、頭で考えず頭で処せず。頭で行動にあらわしていくというのではなくて、自分の心でいっぺん工夫させていただいて、そのことが嬉しい事である、とは、まあいかんでもです。
 これも神様のお働きの現れであるということをです、いつも私の心の中に頂かせてもろうてから、そのことにあたっていく、処していくというようなおかげを頂かなけばならんという事でございます。皆さんこのへんを、本気で信心の稽古をされる。それも、例えば私が申しますように、ね、みんなが幸せになりたい。幸せになりたいからです、てっとりばよおです、お金がないならお金を。不健康であるなら健康を、ね。
 なかなか難しい問題があるなら、それをスムーズに解決のおかげを頂きたいと、こう願うのは、みんなの常でございますけれども、ね。そのこと自体を検討させて頂いて、そのことの中から信心を分からせてもらい、おかげをこうむっていかなければならん。そこには、おかげを頂くというのではなくて、信心を頂くということになるのであり、ね。その信心を頂くということが、ね、人間の幸せの道であるということを、私どもは知らなければならん。幸せの道とはそういうようなものだと私は思う。
 今朝、御祈念の後に、久富正義さんが子供さん連れでお参りしてまいられました。そんで、お礼のお届けがあります時に、ね、お届けをさせていただこうとすると、石橋と頂くんです。またお届けさせていただこうとすると、また石橋と頂くんです。私もうこれだけで感激しましたです、今朝は、ね。石橋なんては頂きませんけれども、それが私は、お届けをしおわってから、そのことはどういうようなことであろうかと思わせていただきましたら、私、あの、長女を頂きました。
 ははあ大坪豊美。豊美とは豊かに美しい。ははあ石橋とは久留米の石橋先生のような信心のことだと私は思うた。大空のような信心だと言われておられました。「出すぎもせず引っ込みすぎもせず。久留米の石橋さんこそ真の人でしょうな。」と言うて、三代様がその仰ったと言われるくらいに、まあご立派な方であった。なる程大きい豊かな美しい。だから私御神米に豊かに大きく美しく、と書かせて頂きました。
 例えばこれなんかでも、今日皆さんにも申しておりますように、誰でもその幸せを願う。親は子のために幸せを願う。幸せになりたいと思う。思うからこそ例えば様々な例えばお酒の名称なんかでも御覧なさい。もうそれこそ目出度い名前ばかりね。富の寿とか月桂冠とかね。菊正宗とか万年亀とかっち言う様な、とにかくその縁起の悪か名前はね、いっちょんでとらんでしょうが。やっぱ皆そげんとが好いとる。これがなかなか名前が良かけんこれにしよっち。中身は分からんのにその名前で買う人がおる、ね。
 名前でもそうです。縁起ん悪か名前はいっちょんついとらん。やはり縁起んよか名前ばかり。それはやはり、親の願いがそういうふうにそこにあらわれるのです、ね。どうぞひとつ、豊かに美しゅう育ってくれますようにというてです、いわば、豊美とその命名したのでございますけれども、やっぱり私達の考えだったんです。なかなか豊かにも美しゅうもなりません、ね。
 だからこれはもう、私が育てても叱っても、とても出来る事ではないから、これはやはり神様にお任せして神様にお育てを頂く以外にはない。子供の非を私が感じたならば、子供の見苦しいところを私が見つけたならば、親自体にそのことをひとつ、鏡。子供は親の鏡と仰るのですから、そのくらい、そういう思いでおかげを頂かんならんとこう思うておるのでございますけれども。やはり幸せになりたい、幸せにしたいというのが、そういうふうに名前一つの上にでもあらわれてくるのです。
 これは私の久留米におります、叔母の子供ですけれども。長男を衛(まもる)とつけました。家ば守ってくれんならんという親の願い祈りなんです。ところがすこうし頭が良かったもんですから、がいぶ学校なんかに行ってから西日本新聞にその勤めたんです。それでもう今はアメリカに行きたいっち、このごろから調子にのって特派員に、あの池尻っていうのがおってから私のいとこです。もう家なんかにはとにかく親が病気しとってん、なかなか帰ってこれんです。中々親の思うごとならんもんですね。
 それで二番目の息子には、そのこれがどうでんこうでん海外まででん進出してから大成功するごたるふうにっちいうごたるな意味でしょうね、進っち付けた。長男は家を守ってもらわなんけん衛っち付けた。弟は進っち付けたところが、これがその、今度は、嫁をいじめて、とうとうその親と別居してしまった。親の思うようにならないもんだと。ですから人間のですね、思いとかね、人間の考えというようなものがね、ほんとに、まあ、つまらないものであると言う事をひとつ分からなきゃいけませんですね。
 そして、そういう子供の幸せんなる、また子々孫々までもおかげの頂ける道。私どもも、あの世にまでも持っていけれるところの道。お徳の頂けれるところの道。信心をすれば誰でもがおかげを受けられる、神徳というものはみてるということがない。誰でもが受けられると仰る。その誰でもが受けられる道を私どもが行じさせてもらい、頂かせて頂かなければならん、ね。ところが、おかげは頂くけれども、信心のほうを頂いていきよらんところに、お育てを頂かんことになる、ね。
 どうぞひとつ、そういう意味でお育てをいただかせてもろうて、ね、一年中をいよいよ締めくくらせていただく時にはです、私は夕べもその事を申しましたんですけれども、ね、何をおいてもです、ほんとに、いわば詫びれば許してやりたいのが親心じゃと仰るから、心の底からお詫びさせてもらい、心の底からお詫びのしるしをです、ね、形にあらわし、心に、いわゆる身を削り心を削りしてでも、お詫びのしるしにそれをなさしていただいてです、神様が許してくださったという心もち。
 許して下さったという実感をもって、例えば、新しいこの年を、迎えさせていただけるくらいなところまで、信心を進めなければならない。一年中の締めくくりの時にはです、もう、ゆうならしだごだにしておいて、そして、もうその41年度の、いわば元旦から、ひとつおかげを頂かしてもらおうと。秋永先生じゃないですけれども、せめてその、最後のところだけなりともです、大事にさせていただくという。
 私はその、私は昨日秋永先生がお参りされた時にです、そのことをお話したんですけれども、ほんとに素晴らしいことだ。私どもがほんとにもう、それこそ人が見とっても恥ずかしゅうない、恥ずかしゅうどころか有難うしてこたえん。それが見る者をして、また、その有難い尊い雰囲気をその周囲に、いわば、雰囲気をつくるようなです、有難さというものがある、あるかのように見える。
 椛目に椛目にっていうて通ってくる。本気で椛目に、椛目とゆう思っただけでも、心がなんかうきうきしてくる。有難うなってくる。というほどに、椛目という所は言うならば不思議な所。だから椛目にそうして信心の稽古をさせていただいておるから、その有難いのがあるなら、有難うなっておるかと言うと、そうではない証拠に、例えば昨日、そのお届けをされますように、ね、ちょっとしたことがあった、それがもう不愉快でたまらない。晩も休まれんくらいに不愉快になる、ね。
 そしてはじめて分からせていただいた事は九日間、ね。このかた、有難い有難いと言うておったのも、こりゃあんまり本なもんじゃなかったなということが分かられた。そして神様からお言葉を頂き、御神夢を頂かれてから、ね、はじめて、いわば神様から頂くということは有難いですね。もうほんとにその晩、その場、その途端に心がすうっとして、あらそうじゃったということになってくるのです。
 その事を嬉しゅうならせて頂けるようなところの信心。その事が馬鹿と阿呆になる事だということ。私はこれは素晴らしいことだと思うた、ね。その事で嬉しゅうなるという事。それが馬鹿と阿呆になる事だとこういう。はーそうだったと。ようやく私のものになりました。10日間一生懸命の信心の稽古をさせていただいて、いわば神様からそれを試された。そしてこの程度にしか出来ていなかった。そして分からせていただいた本当の事が、自分のものになったというわけなのです、秋永先生は。
 これからの事でもおんなしこと、ね。その事が嬉しゅうなられるような信心を進めておいでられる。これは私どもも、私を含めて皆さんもいっしょにおんなしことが言えると思う。今朝から朝の御祈念に、あの久富繁雄さん所の長男がおかげ頂いておりました。国雄さん。今朝からお夢を頂いた。それがどういうようなお夢を頂いておるかというと、その椛目の人たちが二階にある、私をはじめ二階にある。
 ところが下のほうにはですね、今まで見たことがないまあ古風ではあるけれども、大きなそのなんて言うですかね、発動機が据わっておる。モーターのところがそれがどうにも音が悪い。だから機械のことは詳しいもんですから自分が行って見たところが、はlこれは油が切れとる、とゆう夢だった。次にはです久富一家、お父さんをはじめにもうひとつ愈々限りなく素直な信心を進めていけという、お知らせを頂いた、ね。
 そしたらその、そういう信心を進めていけと頂いてからその次にはです、自分方の入り口にですね、菊正宗の金樽のお供えがあっておるでしょう。あの金樽がずらっと、目の前に積んであるところを頂いた、ね。最高の有難き勿体無き恐れ多きというのはです、私どもがほんとに素直になる事だと。その素直になるという事もです、只今申しますように、馬鹿と阿呆になる事だと私は思います。
 いやその事を嬉しゅうなるという事だと私は思うのです。それをです、自分の頭ででも考えておった、理屈でも言うておったんでは、そういう信心が身につくはずはありません。いわゆる、椛目で最高のお神酒とされておりますところのです、菊正宗がです、自分とこの入り口にこう、こずんであった。なるほど、素直心の一つにて雲の上までのぼる道があるということが分かる。
 これは今現在、椛目の最高の信心だと、私は思う。本気で馬鹿と阿呆にならせて頂こう。どんなに馬鹿と言われても、金光様と言ってがんばって、歯くしばって辛抱とするではない。その事が嬉しいごとなるということ、その事が嬉しゅうなるということ、ね。これがほんとの馬鹿と、阿呆であるということ。それをもうちょっと言葉で言うと、素直になるということ、ね。
 次の二階におる椛目の人たちが一段信心をこれは上げ、高められるという事であろうと思う。神様の御発動が始まっておるということだと思う。そんな、私あの御造営の現れであるとこう私は思うんです、ね。おかげを頂きましてもう、ほとんど先日、現場の人が申しておられましたが、四分どおり完了しておると、私ども素人が見ますと、もうほんとに、70も80もでけとるどんごと見えます。
 もうその全体の姿が立派にこう見えますから、ね。もう住宅なんざはもう建具いれるだけでに、よいというくらいに進行いたしております。みなさんどうぞそのお暇があったらあちらの方へ、御覧になりに行かなきゃいけません。そしてです今丁度ね、私の信心がこの年を境に一段と上がらせて頂いて、下のものを大きな神様の御発動になる、ね、神様の御発動をいただかなければでけることじゃありませんですもんね。
 菊栄会の方達に、私、申しました。ああた方が思い立ったというものでもなからなければ、私が思い立ったのでもないということがです、ね、あれからこの方のことをずうっと思ってみると、そうでしょうが。神様が先頭に立ってござるという事が分かろうが、ね。だからというてなら神様に一任するとうことではいけんのだと。いわゆる神と氏子とが一つ一丸になってです、あいよかけよの働きがです、ね、
 神様の願いが成就するということなり、そこには私どもの願いも成就しておったという事になってくるおかげにならなければならない。けれどもそれがです、神様の大きな御発動を頂いておるんだけれども、油が切れとる。油をさすのは私どもの役目であるというふうに私は思うのです。今朝から、久富国雄さんが頂いておる御神夢でございます、ね。いつものように私は、この元日から七日間、皆さんそれぞれ信心の進め方、または、改まらなければならないこと。
 本気でここを焦点に、それは、私が今年感じておりますところの、頭で運ぶのではなくて、心で運ぼうと。いうなら、和賀心にならせていただくということ、ね。その和賀心にならせていただくということが、家庭に不和の無いもとの、いわゆる元になるものであり、ね、私どもがそこんところに全教一新させていただくことがです、全教一家の実を上げていくことの元になるのである。全教一新とは、家庭に不和のなきがもとということ。私は、いよいよそうなる事でしょうけれども。
 今日私がお話を申しましたようなところに焦点を置いて、自分の和賀心をいよいよ高めていきたい。いよいよそこんところに焦点を置いてです、今年も信心を進めていきたいとこう思います、ね。ですから、そういう信心の中に、また皆さんのひとつの信心の風でもある、個性もある。皆さん一人ひとりが特別に、例えばその中から、例えば久富正義さんが頂いておられますように、本気で豊かに大きく美しく。
 もうここに焦点を置きなさい。内容は今朝の御理解よと言うてお話を致しましたようにです、そういうようなものを、神様から直々、お頂きなるくらいな、ひとつ心の上でです、ね、ひとつおかげを頂いていただきたい。ただ正月に気分だけ。ただ正月三日間、ただ正月七日間だけがです、正月気分であったというのではなく、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うてというのがです、ね、三百六十五日続けられていかなければ、信心ではありません。
ですから、気分念だけではなくてです、ほんとに私が昨日の朝も申しましたように、元日になったらです、ほんとに自分の周囲の一切が拝めれるところの、ほんとの意味での四方拝にならなければならない、ね。それが、腹が立つことを言われても、それが嬉しいということに、私は結論するならば、なるんじゃないかとこう思うのですね。どうぞ今年は、只今申しますように、私の学院行きの具体的に、そうなることでございますと、私は思いますが、具体的な話が進めれております。
 先日から教務所からもお見えになり、親先生からのお話もあっております、ね。こういうたいへんな最中に、私は一年間、ここを空けるとゆう事はです、ひとつ人間心ではです、いわゆる頭で考えますとです、どうも、これは来年にして下さい、再来年にして下さいということになるのでございますけれども、もう今年という今年はこれでは考えないという事なんです。これでいこうと。そしてそのことが嬉しいと分からせて頂けるところまで、ひとつ極めていきたいとこう思うとりますから。
 皆さん自身の信心を、愈々自分のものにしておかれないと、私は、親先生がおられんから、お参りしたっちゃ楽しみがない、お伺いも出来んからというような事にまでなりかねないと思うのです。同時に、御造営という大きな事を、椛目自体がおかげを頂かなければならない事になっておるの御座いますから、ね。ここんところにも焦点を置いて、いよいよ本気で信心をさせてもらい、信心は家庭に不和のなきが元である。
 そのもうひとつ元は、私どもの心のうえにです、一切をうれしゅう頂かせてもらうという事なのである。そこにはもう期せずして、一家は円満になるだろう。そういう信心が椛目にできたならばです、椛目のひとつの原動力ともなってです、どうにもでけない全教一家がです、私はおかげを頂いていくような、そうゆう大きな意味での御用がです、出来る内容になって来るのではなかろうかというふうに、思うておるのでございます。どうぞみなさんよろしくお願い申します。
 私どもがぎりぎりのところ、あの世行きを致しますでもです、それこそ、「正月は 冥土の塚の一里塚」、目出度くもあり、目出度くもなしというのではなくて、目出度いところではない、同時にまた、有難いのであり、いや楽しいのであり、嬉しいのであるというようなお徳を身に受けさせていただくところに、不安のない人生観も生まれてまいります。そういうおかげを頂いていただかなければならん、そこを目指しとしなけばならんというふうに思います。
   どうぞ。